
9回表2点差、ノーアウトランナー2塁、
次のバッターは8番、という場面で彼は代打として登場した。
僕の中では彼はベイスターズの選手、
今年、カープに移籍したことなんてすっかり忘れていたので
ウグイス嬢が彼の名前をコールしたとき、
思わず、「おお!!」と声を上げてしまった。
まさか、こんなところで彼の姿を見られるとは想像もしていなかった。
驚きと同時に懐かしさを感じた。
権藤監督率いるベイスターズが、
エース斎藤隆と大魔神佐々木を擁する鉄壁の投手陣と
彼や鈴木尚典を中心としたマシンガン打線で
日本一に輝いたのは、1998年だから、
もう10年以上前の話になる。
僕は元々ベイスターズのファンではなかったが、
当時の職場には、横浜という土地柄か、ベイスターズファンが多く、
年に何度か、みんなで飲み会代わりに
横浜スタジアムで野球観戦をした。
当然席は1塁側、
相手が中日でなければ3塁側のチームを応援する所以もなく、
僕はみんなと一緒にベイスターズを応援した。
特にベイスターズが優勝した年は、
松本に住むベイスターズファンの友人が、
横浜スタジアムに応援に行きたいというので、
それにも何度か付き合った。
お陰でシーズン終了後には
すっかりベイスターズに情が移ってしまっていた(笑)。
中でも好きだったのは、首位打者鈴木ではなく、
彼だった。
しかしその後、
佐々木のメジャーリーグ入りを皮切りに、
谷繁を中日にトレードで出してしまったり、
鈴木や彼を含めた打線の低迷などもあって
強いベイスターズの面影はどんどんと薄れていった。
それに連れて、
そもそもベイスターズそのものではなく、
その強さを支えた選手たちを応援していた僕の気持ちは、
自然とベイスターズから離れていった。
ただ、ベイスターズの応援は楽しかった。
僕が知る限り、セリーグのどの球団よりも
ベイスターズの応援には音楽的な形があるから。
彼らは、どの球団の応援団より
応援歌にこだわっているように感じる。
一軍の主力選手はもちろん、
恐らく一軍登録された選手それぞれに応援歌がある。
選手が打席に立つと、彼の為の応援歌を応援団は演奏する。
チームを応援するというより、
それぞれの選手を応援してる感じだ。
外野スタンドで応援するような熱心なファンになると、
応援歌の歌詞もすべて熟知していて、
トランペットの演奏に合わせて歌っている。
そのトランペットの演奏もうまいと思う。
他のチームの応援を見ていると、
主力選手ごとに違った応援の“形”はあるけど、
そこまで“歌”にはこだわっていない。
ベイスターズの応援団のようにオリジナルの応援歌を
選手それぞれのために作るというのは
なかなか難しいし手間もかかる。
そこまではやってられないし、必要もないと考えているんだろう。
この日見た広島の応援も、
選手ごとと言うより、場面ごとというか、
回を追うごとに形が変わる感じだった。
演奏される曲も選手に合わせたものではなかった。
9回表2点差、ノーアウトランナー2塁、
次のバッターは8番、という場面で
ウグイス嬢が選手の交代を告げると、
3塁側は一気にわき上がった。
3塁側外野スタンドで太鼓がなり始める。
そしてラッパが鳴る。
その瞬間、え?と思った。
♪ミーレドソー ミーレドソー
ファファーファドーレーミー
それは“ベイスターズ・琢朗”の応援歌だった。
彼と一緒に応援歌も広島に移籍していた。
聞き慣れたメロディ、
まさかこんなところで聞けるとは思わず、
興奮した。
彼がベイスターズ時代と変わらず、
広島のファンにも愛されてるんだなぁ、と思うと、
なんだかジーンときた。
よかったなぁ、琢朗。
こういうのなんていうんだろ、郷愁なのかなぁ。
2ストライクと追い込まれた彼は
4球目、きわどい球を見送った。
判定はストライク、見逃しの三振。
ヒット1本出れば、1点という場面だっただけに
スタンドからはため息が出た。
その日の彼のブログにはこう書かれている。
「さすがに、今日はショックで言葉がでません。
何もできなかった自分にも腹が立ちます。」
確かにあの場面で見逃しの三振はいただけない。
でも僕は、彼が目の前に出てきて打席にたっただけで
満足していた。
古い友達に久しぶりに会った感じ。
う〜ん、やっぱり郷愁なんだろうか。
僕は古い記憶に弱いみたい(笑)。